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オーストラリア・ケアンズ皆既日食0泊3日弾丸ツアー(3)

ケアンズ皆既日食0泊3日弾丸ツアー(+どきどき夜行性動物探検ツアー)の移動ルート(写真付Google Map
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OATケープヨークツアーその1(1日目、7/29)

激しく今更な話だが、7月末の Outback Adventure Trek (OAT)のケープヨークツアーのレポート。
ケアンズ空港に到着してから[594]の続き。

予定よりも40分程早い午前5時頃にケアンズ国際空港に到着。

国内線ターミナルへ移動。外を10分程歩く。まだ暗く、ちょっと肌寒い。


国内線の出発ロビーで2時間程待つ。気が付けば、同じ便で来てこれからシドニーやダーウィン等に向かうと思われる日本人が結構いた。ケープヨークツアーの他の(オージー)参加者もいるはずなのだが、分からなかった。有料のネット端末があったので、それでブログに書き込み[594]。時間を潰す。

8時過ぎに搭乗。1000km北のホーン島へ向かう。


しばらくは海岸線近くの海上を飛ぶ。眼下にグレートバリアーリーフの美しい珊瑚礁が広がる。

ちなみに上の珊瑚礁はヘッジリーフ[Google Map]という名前がついている。


1時間程でホーン島の空港に到着。ここで他のツアー参加者7名と合流。一人一人握手して名乗り合うが、何と言っているのかさっぱり聞き取れなかった。
上の写真で左を向いている5名はツアー参加者。身長はそれ程高い訳ではないが、腕の太さはみんな私の倍はありそうだった。

ここホーン島はオーストラリアの最北部に位置し、日本とは縁もゆかりも全く無さそうであるが、実は第二次世界大戦時に旧日本軍の空爆を受けている(後日ケアンズの歴史博物館を訪れた時に知った)。

空港からバスに乗って10分程で港へ。本土へ向かう定期船が運休だったため、チャーターボートに乗り換えて本土へ向かう。



島の沿岸部を航行している時は揺れも少なく、景色もきれいだった…。


が、島から離れると急に海が荒れてくる。波に乗り上げてお尻が浮いたかと思えば次の瞬間波の谷間にボートがドスンと落ちる、といったことが延々と続き、一気に気分が悪くなる。



前後上下左右に揺られること1時間ちょっと、本土側に着いた時には完全にゲロ酔いでくたばっていた(ぎりぎり吐きはしなかったけど)。この後オーストラリア大陸最北端までバイクで走るのだが、寝不足もたたって既にかなり体力を消耗してしまった。


本土側の港でツアーリーダーのマグナスとサポートトラックドライバーのビンゴと合流。

ビンゴが運転するトラックに乗って港から10分程?で砂浜に面したキャンプ場(Royal Beach Camp Ground)に到着。車中では目をつぶってひたすら気分と体力の回復に努めていたので、途中の景色は全く見られなかった。






一人用テントが各自に割り当てられる。まずはテントを設営してねぐらを確保。幸いテントの設営が終わった頃にはだいぶ気分も回復した。


ライディングギアを装着し、並んでいるバイクから1台確保。
今回のツアーのレンタルバイクは スズキ DRZ400E[Google]。バリバリのモトクロッサーで、排気量こそ去年のDR650に劣るが、トルク感はこちらの方がはるかに上。DR650だとすぐエンストしたような深い砂地でもぐいぐい進む。シート高は約94cmとかなり高く、跨ると私では両足のつま先がぎりぎり接地するといった感じ。でも軽いのでたちゴケの恐怖感はそれ程ない。

出発前にマグナスから簡単な諸注意。ん~ほとんど聞き取れない。理解できたのは
「後ろの奴が付いてきてるか注意しろ」
「道に迷ったら動くな、待ってろ」
くらいだった。


(その2へ続く)
ここまでのルート(写真付きGoogle Map)。なんか見事なくらい真っ直ぐ飛んでるな。

(2012/12/13) Google Mapを追加。

OATケープヨークツアーその2(1日目、7/29、続き)

いよいよ出発!ヘルメットにビデオカメラを装着したライダーは他に3名いた。サムアップしているのは、、、クリスかな。


まだ慣れない車両なので最初はゆっくり…と思っていたら、いきなり時速100kmで爆走、置いてけぼりを食らいそうになる。

「ちょっ、速過ぎる!」といきなりビビリが入る。

キャンプ場を出発して3分、訳が分からないうちに最初の川に突入(この動画の 00:00~00:13)。

太いトルクのお陰で水の抵抗をものともせず走る。川渡りは経験なかったのだが、不安を感じる前に渡りきっていた。去年のツーリングでカカドゥ国立公園を走った時[527]に大きな水溜りに出くわして散々悩んだ挙句引き返したのだが、今となっては馬鹿みたいだ。

出だしはかなり面食らったが、その後は何とか付いて行けた。

うっそうと木が茂る亜熱帯雨林の曲がりくねった狭い道を爆走。




広い砂浜に下りて、端から端までを往復。思わずヒャッハ~と叫びたくなるシーンだ。



砂浜の端にバイクを止めて、10分程ガレ場を歩く。

その先にあるのは…

オーストラリア大陸最北端!

日本で言えば宗谷岬みたいなものかな(宗谷岬より来るのがずっと難しいが)。

北向きツアーでツーリングのゴールとして来れたら最高だったのだが、来るのが難しい場所なので来れただけでも感激だ。



最北端訪問後は海岸近くの砂が深い道を走る。これが困難を極めた(私には。他のオージーライダーはすいすい走っていた。)。アップダウンも結構あるので、難しさも倍増。



ふう、何度目の転倒だろう。軽いバイクなので、足場が悪くても比較的楽に起こせたのがせめてもの救い。



おっと、オージーライダーも転倒してる。



内陸部に戻って、第二次世界大戦時に不時着した飛行機の残骸を見学。旧日本軍に撃墜されたとかではなく、単に故障で落ちたようだ。



何とか無事にキャンプ場に戻ってきた。砂まみれのライディングギアが苦闘を物語る。



前走車が巻き上げる砂埃の中を走るので、ヘルメットを脱いだらみんな口や首のまわりが赤い砂にまみれていて酷い有様だった。



シャワーを浴びて全身の砂を洗い流した後、夕飯。焚き火を囲んでマグナスが作ったインドカレーを食べる。


マグナスによるとこの海岸はワニが出るらしい。ワニの目は光を当てると赤く反射して見えるとのことで、みんなして浜辺をヘッドランプで照らしていた。

この時点で名前が分かった参加者は
・フレッド
・クリス
の二人。他の5人はとりあえず見かけの印象から
・「怖い人(繰り返しになるけど、見かけが、ね)」
・「ユアン(ユアン・マクレガー)」
・「紳士」
・「メタボ」
・「ヤングマン」
と心の中で呼ぶことにした。クリスとフレッド、「ユアン」と「怖い人」、「紳士」と「メタボ」は友人同士での参加っぽかった。「ヤングマン」は私と同じく一人での参加のようだ。

マグナスに翌日の走行ルートについて尋ねたところ、「やさしい道ではないが、今日のような砂が深い道はない」とのこと。う~ん、なんとかなる、かな?。

(その3に続く)
29日の走行ルート(写真付きGoogle Map

OATケープヨークツアーその3(2日目, 7/30)

朝6時過ぎに起床。ケアンズは朝方寒かったが、ここは全然寒くない。テント無しでも問題ないくらいだ。

近くの木にカワセミの一種だろうか、きれいな鳥が止まっていた。

他にも地面を凄い速さで走り回っている変な鳥もいた。

北行きツアーの余りのバイクをトラックの屋根に積み込む。ごついオージーなら人力で楽勝。



出発前の一こま。



マグナスが地面に地図を書いて今日の走行ルートについて説明する。まぁほとんど分からなかったが、フェリーで川を渡ることは聞き取れた。(The following is a photo courtesy of Erwin.)


キャンプ場を出発。ケアンズを目指して Let's go!



キャンプ場から5,6km程南下したバマガ(Bamaga)で給油。



その後、幅の広いフラットダート(Bamaga Road)を爆走。良い天気で非常に気持ち良い。

真っ直ぐに続く赤い道。正にオーストラリア!


キャンプ場から50km、大きな川に出くわす。ここでフェリーに乗るわけだが、ビンゴのサポートトラックが待てども待てども来ない。



痺れを切らしたマグナスが引き返して様子を見に行った。マグナスとビンゴを待っている間、フレッドがお菓子をくれたのだが…

色といい、形といい、何で連中はこう趣味の悪いものを作るかなぁ…。味は普通のグミだけど。

一時間近く待っただろうか、ようやくビンゴも到着。一緒にフェリーに乗り込む。



再びヒャッハ~な道を爆走。



Bamaga Road から Old Telegraph Track へ抜ける全長15km弱の狭い道[Googla Map] を走行(下の動画は再掲)。
砂が深い所がちょくちょくあったのだが、何とか走り抜ける。ここで砂地走行のコツをだいぶ掴んで自信が持てるようになった(が、その慢心が後の転倒を招く)。


丸太3本の橋を渡る。川渡りの中ではこれが一番怖かった。

バイクの横に立ってバイク(と自分)が落ちないようにするだけで精一杯。「ユアン」がフロントタイヤを引っ張ってくれて、どうにかこうにか渡れた。





フレッドのバイクの調子が悪いようだ。マグナスがチェックする。「ヤングマン」のバイクも調子が悪いのか、彼もちょくちょくバイクを覗き込んでいた。幸い私のバイクはとても調子が良かった。







「メタボ」が川から上がる所で転倒。

OATの2012年プロモーションビデオに上の転倒シーン[OAT 2012 Promo]があった。 バイクが水に浸かったが、バイクを垂直に立てて水を抜いたらすぐにエンジンが掛かった。


午前中だけで10回程川渡りをやったかな。深いところで50cm程度。とても楽しい。もっと深い所はないかなと思うくらい。(下の動画も再掲)。



フルーツバットフォールズ(直訳すると、果物コウモリ滝)に立ち寄る。ビンゴのトラックが待っていた。ここで昼飯(いつもタコスだった)。



フルーツバットフォールズで泳ぐ。カメラを構えているのが「紳士」、その隣が「メタボ」。



ブーツを履いたまま滝に飛び込むフレッド。

私は水着に着替えて泳いだ。砂まみれの顔がすっきりして良かった。


フルーツバットフォールズを出てしばらくすると、Old Telegraph Trackの広い道[Google Map]に出た。 ここは今回のツーリングで一番ヒャッハ~!な道だった(下の動画も再掲)。


Old Telegraph Trackはケープヨーク半島の北部を縦断する2本の幹線道路のうちの一つで、オーストラリアの全土地図にも出ている。場所によっては上の動画の様に道幅が広く快適なのだが、大部分は酷道、険道のレベルを超越した極悪路だ(上の川渡り写真や動画の大半は Old Telegraph Track)。雨季には4駆の車でも走るのはまず無理。「全土地図に出ているからそれなりの道だろう」と思って単身バイクで走ると泣きを見る。


おっと危ねぇ、見通しの悪いカーブでバイクとすれ違う。

この日は3台のバイクとすれ違った。こういうことがあるから狭い道でも徹底して左側の轍を走るように努めた(これも後の転倒フラグの一つになった)。


(その4に続く)

OATケープヨークツアーその4(2日目, 7/30, 続き)

この日はここまでの所、川から上がる急斜面で1回転倒しただけだった[YouTube](あと、コースアウトが1回)。これなら行けるなと思った矢先、やや砂が深い緩やかな左カーブで突然ハンドルが暴れだして激しく転倒(下の動画も再掲)。

当時は砂にハンドルをとられて転倒したのだと思っていたが、ハンドルの左端が木にぶつかったことが原因だった。

右後頭部と右上半身に激しい衝撃を受ける。頭の中で意識が爆縮して消えそうになるが、ぎりぎりで踏ん張って意識を保った。右上半身が痺れるような酷い痛みで満ちていたが、痛みの強さよりもこれまでに経験したことがない痛み方に恐怖を感じた。右上半身を構成する細胞全てが等しく痛みを発している。
右の鎖骨と肋骨が逝ったことはすぐに理解した。今回のツーリングがここで終わったことも悟った。非常にまずいことになった。

泣きたい気分であるが「今この状況からどう脱するか」を考えると泣いてはいられなかった。この時私は最後尾を走っており、転倒直前に私の前を走っていた「ヤングマン」と「メタボ」は私の転倒に気づかずに行ってしまった。
体に力が入る動作をすると右肋骨が激しく痛むが、どうにか立ち上がる。肋骨と鎖骨がコリコリ・ゴリゴリ擦れる感触があるが、一応問題なく歩けた。また幸いなことに、右上半身の異常な痛みに反して右腕そのものは全く問題が無かった。バイクを起こしさえすれば運転はできそうだ。

激痛に耐え何度もやり直した末にどうにかバイクを起こす。激しい転倒にも関わらずバイクは無傷であった。セルモーター一発でエンジンも掛かった。
転倒から約40分後に再スタート。砂が深い場所なので低速で走るのが難しい。両足を着きながらそろりそろりと20m程進んだところで前方からマグナスがやってきた。転倒して鎖骨と肋骨を骨折したらしいことをマグナスに告げる。マグナス曰く「みんなが待っているのはここから15km先だ。今日のキャップ場はそこから更に10kmだ。俺は後ろから付いて走る。自分のペースでゆっくり走れ。」。 キャンプ場まで思ったよりも近い。なんとかなりそうだ(帰国後GPSログを確認したところ、実際は45kmあった)。

次の川を渡った所で他のメンバーは待っていた。何人か話しかけてきたので転倒して骨折したらしいことを伝える。突然、はやし立てる様な声が上がった。肋骨の痛みで振り返ることができずよく見えなかったが、どうもマグナスが川から上がる所で転倒したようだ。100戦練磨のマグナスがこんな所で転倒するとは思えないので、1時間近く待ちぼうけを食らった他のメンバーの注意を私から自分に向けるためのマグナスの演出だったのかもしれない。


この後もう1回川渡りがあったのだが、ランクルが川岸でスタックして道をふさいでいた。マグナスが裏道に回る。

( ゚д゚) .....  ここを下りろと?この体で?マグナス?

足止めを食らっている後続の車の旅行者かな。大勢のギャラリーが集まってきた。


川から上がるところもきつかったが、何とか走り抜ける(動画)。


ギャラリーの前で転倒しなくて済んでよかった、ふぅ。

私の前を走っていた「ヤングマン」が上の川岸を登るシーンが例のOATのプロモーションビデオ[OAT 2012 Promo]に出ている。

もしかしたら、ここで車がスタックしていなかったら、転倒現場に車が来て助けてもらえていたのかも…。

(その5へ続く)

OATケープヨークツアーその5(2日目, 7/30, 続きx2)

「肩は大丈夫かい?」「ヤングマン」とフレッドが気遣ってくれる。




最後の川渡りの後、マグナスの指示で彼の真後ろを走る。

これまで大抵最後尾を走っていたので、彼の走りを間近に見るのは初めてだ。 Australasian Safari(西オーストラリア3、500km走破するラリー)に5度参戦というマグナスの走りは流石に美しい。悪路にもかかわらず滑る様に走る。

キャンプ場まであと10km、Bramwell Junctionで給油。



どうにかこうにかBramwellキャンプ場にたどり着く。

上半身裸の私をマグナスが正面からチェックする。
「右肩が下がってる。鎖骨が折れてるな。」
まぁそうだろうなとは思っていたが、そうだったか orz。
 マグナスはこれまでに5回、ビンゴは1回鎖骨を骨折したことがあると言う。経験豊富で心強い…訳ないか。ありがたいことに「ユアン」が痛み止めをくれた。

 ちなみに鎖骨は英語で collarbone。Yシャツの襟をカラーというあれ。発音はカラーボーンというよりはカラボンという感じ。肋骨は rib bone。痛み止めは painkiller だ。


 各自テントを設営しシャワーを浴びる(私はマグナスにテントを建ててもらった)。夕飯ができるまでの間、他のメンバーはキャンプ場のオフィスがある建物でオリンピック観戦していた。私はサポートトラックで夕飯の準備をしているマグナスの近くにイスを置いて明日以降のことについて話し合う。(The following is a photo courtesy of Erwin.)


マグナス曰く「病院まで二日かかる。バイクに乗るのが無理だったらトラックに乗ればいい。バイクに乗れそうだったらトラックの後を走るというのもある。トラックは広い道を走る。私からは何も指示しない。君が決めてくれ。」
転倒現場からキャンプ場まで何とか自走できたことを考えると、トラックに付いて走るというのは悪くない案だ。川渡りはできないが、オーストラリアのオフロードライディングを楽しむことができる。
「そうだな、(バイクに乗れそうだったら)ビンゴの後ろをバイクで走るよ」と答えた。


 オリンピック観戦から戻ってきたビンゴが大きなテーブルクロス?をハサミで長さ2m程に切って帯のようなものを作り、私の所に来た。様子を見ていたマグナスがビンゴに尋ねる。
マ:「何をしてるんだい?」
ビ:「彼の肩を固定するんだ。俺が以前鎖骨を骨折した時に、こうやって応急処置をしたんだ。」
マ:「そんなのを付けたらバイクに乗れないじゃないか!」
ビ:「バイクに乗る!?無茶な!彼は骨折してるんだぞ。バイクには乗れないよ!」
マ:「バイクに乗るかどうかを決めるのは我々じゃない。客である彼だ。
ビ: ( ゚д゚) .....

マグナスの言い分にビンゴが絶句した所で割って入る。
「右肩が痛むので、ビンゴの帯で固定してもらうよ。明朝の様子を見て、ビンゴの後ろをバイクで走るかどうかを決めるよ。」

この時のビンゴの応急処置(肩を8の字固定)は申し分ないものだったが、鎖骨より肋骨の痛みの方が酷かったので、肋骨の方を処置してくれるともっと助かった。帰国後、肋骨骨折の応急処置を調べてみた。さらしのようなものを胸に巻いて固定すると良いようだ。


夕飯後、焚き火を囲んで談笑の一こま。「10秒間動かないでくれ(Freeze for ten seconds!)」とお願いして撮った一枚。



一人用テントで寝るのが激しく困難だった。右手は使えないし、腹筋に力を入れたら激痛が走るので、テントに足を入れることすらままならない。幅が狭いので、入ってしまったら頼みの綱の左手が思うように動かせない。天窓を閉めることすらできなかったので、開けっ放しで寝る。

(その6へ続く)

30日の走行ルート(写真付きGoogle Map

OATケープヨークツアーその6(3日目, 7/31)

ほとんど眠れないまま朝を迎える。今思えば、ここもまだそれ程寒くなかったので、テントの外で寝た方が楽だったかもしれない。

バイクの乗れるかどうかを確認するためバイクに跨ろうとしたのだが肋骨の痛みで足を上げることができない。腕が上がらず、プロテクターを着用することもできない。無念だったがビンゴのトラックに乗せて貰うことにした。こうなったらケアンズまでビンゴとドライブだ。

8時前、バイク組が出発。



トラックに荷物を詰め込むビンゴ。私は見てるだけで何も手伝えなかった。


後日マグナスに確認したところ、私が乗っていたバイクはこのキャンプ場に置いていったのこと。

バイク組から遅れること30分、トラックも出発。Old Telegraph Trackを南下する。


トラックの運転席にアヒルの人形があった。マグナスが置いた安全運転のお守りらしい。

上の写真の橋の近くの木の上の方に
「WE WERE HERE IN A BOAT 14TH MARCH 2003, 14.6m」
という板がある。2003年夏の洪水の時のものだとビンゴが教えてくれた。水深14mってどんな洪水だよ!どれだけの広さが水で覆われたのか想像も付かない。


チャリダーがいた!彼もケアンズに戻る途中かな。最北端に到達できたんだろうか。

このチャリダーも黄色いアヒルを連れている。黄色いアヒルが安全運転のお守りってのはオーストラリアの共通認識なんだろうか。


実はビンゴはイタリアのトリノ出身で、去年の10月にオーストラリアに来たとのこと。最初はメルボルンでバイク屋のメカニックとして働いていたが、今年の5月からマグナスのOutback Adventure Trek で働いているらしい。私より若いかと思ったら、一つ年上だった。
「イタリアには帰らず、オーストラリアに永住するつもりだ。イタリアは休暇で過ごす分にはいいんだけどね。住むには色々問題が多い。」
「この国は好きなんだけどカンガルーを殺すことだけは好きになれない。アディダスの靴のために毎年400万頭のカンガルーが殺されるんだ。400万頭だぞ?クレイジーだ。」
と話していた。

彼とはまだ2日ちょっとしか接していないが、これまでの彼の働き振りや話し振りから、「あまりイタリア人らしくないイタリア人だな」と思った。この時は。


キャンプ場から約2時間、10時半頃に大きなT字路の道路脇に停車。ここでバイク組が合流するのを待つ。



この地域はアボリジナルエリアなのであった。旅行者に対する注意(アルコール禁止とか)が色々書かれている。



30分程してマグナスらが到着。途中の川をバイクを担いで渡ったとのこと[OAT 2012 Promo](これをやりたかったんだよなぁ…)。






昼飯のタコスを食べると早々にバイク組は走り去って行った。




引き続き赤い道を南下。一見快適そうなフラットダートに見えるが、結構コルゲーション(洗濯板状のでこぼこ)が酷い。時速80kmくらいで走っている時は問題ないのだが、後ろから追いついてきたランクルに道を譲るために減速すると、途端に酷い振動に見舞われる。その度に私は肋骨を襲う痛みで悶絶していた。


「人がいないだだっ広い土地がどこまでも続いている。こんな場所、イタリアにはないよ。」
「日本にもないよ。」
「いいよなぁ」
「いいよねぇ」
そんなゆるい会話をしながらビンゴとのドライブが続いた。


午後1時、昼飯のT字路から南に約50kmの Archer River Roadhouse に立ち寄る。バイク組もいた。ビールを飲んでいた。

まだかなり早い時間だが今日はここに泊まるんだろうか?ビンゴに訊いたらまだ先だという。実はオーストラリアはある程度の酒気帯び運転は認められているのであった(だとしても無茶だと思うが)。


1時半過ぎにArcher River Roadhouseを出発。
更に南下すること50km、2時半頃に Coen という小さな町に到着。またもバイク組はバーでビールを飲んでいる。

トラックのところへマグナスがやって来た。
「これから病院に行くぞ。」
え?


(その7に続く)

OATケープヨークツアーその7(3日目, 7/31, 続き)

昨日は病院まで2日と言っていたのだが、私の聞き違いだったか? マグナスに案内されたのは「Coen Primary Health Care Centre」という小さな診療所だった。


受付でマグナスが事情を伝えると、問診票を渡された。当然英語な訳だが、これが大変だった。
・持病はあるか?
・常用している薬はあるか?
・アレルギーはあるか?
まではなんとか理解できて答えられたが、
・diabetes
・tetanus
が全く分からない。旅行保険の冊子の英文例を見ても出ていない。看護婦さん共々困っていると、マグナスが彼のiphoneでオンライン辞書検索してくれて「糖尿病」「破傷風」であることが分かった。便利な世の中になったもんだ。

骨折した時の状況やこの診療所に来るまでの経緯をマグナスが説明したのだが、骨折後もバイクに乗ったこと、今日はトラックでここまで来たことを伝えると、看護婦さんの表情が一瞬にして険しくなり、厳しい口調で言った:
(#゚Д゚)「何てことしてくれんだ、激しい振動を与えるなんてもっての外。陸路での移動は禁止。Flying Doctorを呼ぶから空路でケアンズに戻りなさい。」
Flying Doctor[Home Page]とは飛行機版救急車だ。

予想外の展開となった。マグナス達と別れるのは残念だが、陸路での移動はドクターストップが出てしまったし、テント泊もかなりきついので、ここでツアーから離脱することにした。
「これでマグナス、ビンゴと会うのも最後か…」と思っていたら、Fying Doctorは荷物を8kgまでしか持ち込めないとのことなので、最低限の着替えとカメラ・ノートPCだけをリュックに詰め込み、残りの荷物はビンゴのサポートトラックに預け、マグナス達がケアンズに戻ったら受け取ることになった。

マグナスとビンゴと別れた後、旅行保険の冊子を見ながらベッドの上で時間を潰す。旅行保険のフリーダイヤルにもTELして負傷したことを伝え、今後の段取りについて話を聞く。

マグナス達と別れて1時間、Flying Doctor がケアンズから飛んでくるとしたらぼちぼちかなぁと思っていると、看護婦さんがやってきた。お、いよいよ移動か、と思ったら、
(,,゚Д゚)「Bad newsよ。Flying Doctorは今日は来れなくなった。どこか別の場所で大きな交通事故があり、そっちへ行ってしまった。」
orz

またも予想外の展開となった。

看護婦さんが今後の段取りついて説明してくれる(実はこの時、日本語を少し話せるオージーの学者さんが来て、通訳してくれた)。
  • 明日は定期便のFlying Doctorで医師が来るので、医師に診てもらえる。
  • ここコーエンにはゲストハウスがあるが、1泊140豪ドルする(約12,000円)。
  • あなたの友達(マグナスら)はここから5km程のキャンプ場に泊まっている。TELして迎えに来てもらえば、彼らと一緒に夕飯を食べられるし、キャンプできるのでは?

テントに泊まるのはもう勘弁ということで、ゲストハウスに泊ることにした。


看護婦さんにゲストハウス[Home Page]まで案内してもらう。


別れ際に痛み止めを2錠もらったのだが、
「これは厳重に管理されている薬なので、絶対に他人に譲渡したりしないように。」
と注意された。モルヒネかなんか、やばい薬だったんだろうか。


バーで夕飯。こういう時こそちゃんとしたものを食べないとね。オージービーフのステーキを頂く。


バーのカウンターにFlying Doctorの募金箱があった。去年のツーリングでもちょくちょく見かけたが、募金はしなかった。今回は世話になるので少しばかり募金しておいた。

(その8に続く)

31日の走行ルート(写真付きGoogle Map

OATケープヨークツアーその8(4日目, 8/1)

ゲストハウス近くの売店で朝飯を済ませると、9時きっかりに診療所に向かう。

鎖骨と肋骨の2枚のX線写真を撮った後、医師の診察を受ける。
「バイクで転倒したんだって?私はドイツ人でね、BMWのバイクに乗ってるよ。」
X線写真を見たそのドイツ人医師から予想外の言葉が発せられた。
「鎖骨は折れてるね。でも肋骨は特に問題ないね。折れてないよ。
「え?めっちゃ痛いですよ。絶対折れてますって。」
「ん~、でもX線写真では問題ないなぁ」

そう…なのか。肋骨は折れてなかったのか。それは良かった。でも肋骨がコリコリ擦れる感触があるんだが…。

半信半疑な私に対して更に予想外の言葉が続いた。
「ところで君はどうやってケアンズに戻るんだい?」
「え?昨日看護婦さんがFlying Doctorで帰れって…」

「Flying Doctorは意識不明の人や自力で歩けない人のものだよ。君は歩けるから乗れないよ。普通の商用航空機で帰りなさい。」

(;゚д゚)  なんですと~!

タダでケアンズに帰る目論見が崩れてしまった。まぁ、仕方がない。旅行保険で航空券代を支払ってもらえるよう、空路で移動しないといけない旨を診断書に一筆書いてもらった。

ケアンズに旅行保険の提携病院(無料で受診できる)があるので、ケアンズに戻ったらそこで治療を受けた方がいいか尋ねると、「鎖骨の治療はそんなに急がなくてもいいよ。オーストラリアで手術したら予定の便で日本に帰れないよ。それに入院したら食事がまずくて大変だよ。」とのことであった。

なお、この診療所での診療費はタダであった(X線写真を撮ってもらったり、痛み止めをもらったにも関わらず)。どうもこの診療所はアボリジニのためのもので、いっさいがっさいタダっぽい。私がその恩恵に与れるのはありがたいけど、何か悪いなぁ。

ちなみに私の肋骨であるが、帰国後に整形外科で受診した所、やはり折れていた。Coen で撮ったX線写真はCD-ROMに焼いて診断書と一緒に受け取っていたのだが、整形外科の先生はそのX線写真を見て骨折箇所を3つ見つけた。ドイツ人先生~目が節穴すぎるぞ~!

とは言うものの、日本の救急外来の診察でも、肋骨の骨折が見逃されることはちょくちょくあることらしい。身近にもそのような目にあった方がいることが判明した。


ケアンズまでの航空券はゲストハウスで扱っているとのことなので、ゲストハウスへ向かう。
ゲストハウスの事務室に行くと受付のお姉さんが「あぁ、ケアンズまでの航空券ね。」とすぐに手配してくれた。診療所から既に連絡が行っていたようだ。値段は498.23豪ドル(約42,000円)。旅行保険でカバーしてもらえないとなるとちょっと痛いな(2012/12/18現在、まだ確定せず 旅行保険で支払ってもらえた[627])。


ケアンズへの便は午後4時過ぎ発。だいぶ時間がある。どうやって時間をつぶそうか…。

Coenはケアンズから550km。人口250名の小さな町だが、ケープヨーク最北端を目指す旅行者の給油、宿泊のための要所だ。

町のメインストリート。これだけ。



町の歴史博物館(Coen Heritage)があったので立ち寄る。Coenは19世紀末に金の採掘でにぎわった地なのであった。


歴史博物館の庭の屋根付きテーブルで日記を書いていると、犬を連れたオージー老夫婦が来た。
「グレート・オーシャン・ロード(Great Ocean Road、メルボルン近くのオーストラリア南東部)から来たんだよ。私はsemi-retired (半ば退職して非常勤で働いているという感じ?)でね、3ヶ月の休暇だ。寒いと肩の古傷が痛むので、冬はこっちに来ているんだ。1ヶ月かけて 北上して、1ヶ月かけてこの辺を回って、1ヶ月かけてまた帰るんだ。今は1ヶ月過ぎたところだよ。犬を連れていると入れない場所が多いので(注:オーストラリア内は生態系保全のため動植物の持ち込みが禁止されている区域が多々ある)、色々遠回りになるんだけど、この犬はいつも連れているんだ。」
私はバイクツアーで骨折してケアンズに帰る途中だと話すと、2週間ほど前にケープヨークを北向きに走っていたバイクが車と正面衝突した事故があり、ライダーが亡くなったと話していた。


(その9に続く)


(2013/01/14) Coen~Carinsの航空券代を修正。
(2013/02/17) 旅行保険でCoen~Carinsの航空券代を支払ってもらえたことを追記

OATケープヨークツアーその9(4日目, 8/1続き)

午後4時過ぎ、ゲストハウスの車で町から 24 km北の Coen 空港へ向かう。

私が乗る便はケアンズに着くまでに途中2ヶ所に離発着する。そのためケアンズ到着は8時とかなり遅くなってしまう。



先に別の飛行機が飛んでいった。車に同乗していた女性が「あれがFlying Doctorよ」と教えてくれた(RFDS: Royal Flying Doctor Service)。私を診てくれたドイツ人医師はこれに乗ってるんかな。



なんか話が二転三転したが、これでやっとケアンズへ帰れる、ふぅ。



飛行機に乗り込んでほっとしていると、何やら後ろの座席の人が客室乗務員に対して
terrorist can hide a large gun.
としきりに話しかけている。最初はなんか穏やかじゃないことを話してんなぁ~と聞き流していたのだが、そのうち実は私のことを指しているということに気がついた。

後ろに振り返ると、二人掛けの席を一人で占める程の巨体の男性がいた。
その時私は右腕を三角巾で吊っており、右腕は長袖の服の袖には通さず、服の下に入れていた。なので銃器の類を服の下に隠し持っているように見えなくもない(上の写真を見て分かるとおり、搭乗時にセキュリティチェックとかは一切なし。でもこんなフライトをハイジャックしてどうすんだという感じだが)。

その男性が
「Are you K*****?」
と訊いてきたので、「いや、日本人ライダーだよ。ケープヨークを縦断するツアーに参加したんだけど転倒して鎖骨と肋骨を骨折したのでツアーを離脱してケアンズに戻るんだ。」と事情を説明すると理解してくれた。彼が次の中継地で 降りた際には「Good luck!」と言ってくれた。


診療所で看護婦さんに「ケアンズまでのフライトは景色がいいから楽しんで!」と言われたのだが、コーエンの次の中継地に着く頃には日が傾いて暗くなっており、残念ながら景色を楽しむことはできなかった。

ケアンズ空港に8時すぎに到着。こんな形でケアンズに戻ってくるとはなぁ…。
これからケアンズ市街に戻って宿を探さないといけないが、負傷した身ではかなり億劫だ。 そこで空港のタクシーのドライバーに「ケアンズ駅の近くのバックパッカーズ(安宿)に連れて行ってくれ」と丸投げ。 一般には海外でこういったことはやめた方が良いのであろうが、 幸いこのドライバーは良心的で、最短ルートで「ここが俺のオススメだ」と海岸に面した Bellview Hostel[Home Page] というバックパッカーズに連れていってくれた(携帯型GPSを持っているので変に遠回りしたり、あらぬ方向へ行ったら一応分かる)。
帰国まであと4泊あるが、とりあえず1泊75豪ドルのシングルルームを2泊申し込んだ。 私の名字は母音が2つ続くので英語圏の人にはなかなかうまく読んでもらえないのだが、受付のおじさんは非常に綺麗な発音で読んでくれた。日本人旅行者も多いのかもしれない。このおじさんもバイクでケープヨークを走ったことがあり、足の指を骨折したと話していた。

部屋では無線LAN(有料)でノートPCでネットにも繋がった。 ツアー5日目の宿泊地で会う予定でったDavidさんに、骨折により会えなくなったことをメールで連絡。また、旅行保険会社にデジカメで撮った国際運転免許証の写真をメールで送付。


(その10へ続く)

1日の移動ルート(写真付きGoogle Map
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Author:vfr800hu
元々は'06 北海道ツーリングを現地からレポートするために始めたブログ。今は、1に景色、2にソフトクリーム、3に温泉で回ったツーリングの記録。
更新頻度が極めて低いので気長によろしくお願いします。

2011年7月29日~8月27日の約4週間、オーストラリアをツーリング(シドニー~ダーウィン、9000km)

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